Achievement

成果の概要

自然科学の研究は、新たな研究手法の導入時に飛躍的に発展してきました。例えば、17世紀の天文学の研究に おいては、ガリレオによる天体望遠鏡の開発が契機となり、太陽系の運動の正しい記述が可能となりました。17世紀の天文学に限らず、科学研究は、「計算」と「観測」を両輪として発展してきました (Wineberg: 2016)。20 世紀後半から現在にかけて水理学は、電子計算機により新たな「計算」が可能となりました。 一方で、実河川と模型実験の各々の「観測」においては、「計算」において電子計算機を導入したことで得たような革新には至っていません。また、高次元データの取得が可能となった他分野においては、 例えば、機械工学の分野なら、高次元データのデータ駆動型解析が機械類の不調の予知保全が可能となっています。このことは、河川や海岸の研究において「計算」、つまりモデル駆動型解析のみを重用せず、高度に発達した「計算」と新たな「観測」とが協調すれば水理学の新展開が期待できます。

これまでの研究により、1) 水理のモデル駆動型解析のための境界適合法の開発、2) 移動床水理の観測ビッグデータの測定法の開発とそのデータ駆動型解析、3) 河道の危険度評価手法の開発、4) 河道の制御技術を開発してきました。2)とした観測ビッグデータの取得を契機として、❶河川と流域の安全管理に貢献する移動床水理の理解を大幅に前進させた上で、❷移動床水理の観測ビッグデータのデータ駆動型解析の有効性を初めて実証する成果を挙げています。後者については、応用数学と素粒子実験物理学の研究者との異分野融合研究であるARCEプロジェクトにより達成されたもので、IEEE のフラッグシップ国際会議において3編の論文を発表しています。詳しい研究業績などは、researchmapで公開しています。

主たる成果1 水表面と水底面の高分解能・非接触計測技術の開発

現在の主な河川物理の計測手法は、水位か水底位、もしくは流速のどちらかの点計測であることが一般的です。これらの手法では低次元の物理情報しか得られず、河川物理の全体像の理解は難しいです。本研究グループでは、水表面と水底面の形状を同時に高分解能に定量化する非接触計測法のStream Tomography: STを開発し、現在も無人化運用や計測精度の向上のための改良を続けています。

STは、レーザー光を用いた光学的手法のため、従来法では難しい水表面の瞬時の微小変化を捕捉でき、流水を継続したままの水底面の形状も定量化できる事が大きな特徴でする。水面と底面の両方が時々刻々と変化する河川のような移動床水理における水深の計測は極めて困難でしたが、空間と時間のどちらにも高分解能な水深の計測に成功しました。ポイントゲージと比べるとSTで計測できるデータ数は数十万倍以上に及びます。STで測定した初めての水理のビッグデータは、河床波の発生・発達の過程のデジタルツインと言え、未解明となっている河川の物理を従来からのモデル駆動型の解析とデータ駆動型の解析の両方を用い、その解明に迫っています。

関連業績:Moteki D, Murai T, Hoshino T, Yasuda H, Muramatsu S, Hayasaka K, Capture method for digital twin of formation processes of sand bars, Physics of Fluids 34 (034117) doi.org/10.1063/5.0085574 2022, 星野剛, 安田 浩保, 倉橋 将幸, 土木学会論文集 A2, 74巻, 1号 pp.63–74, 2018. 星野 剛, 安田 浩保, 土木学会論文集A2, Vol.70, pp.I_841-I-850, 2014.

主たる成果2 マイクロ波を用いた危機管理手法の開発

令和に改元された2年のうちに全国の河川で約150箇所の堤防の決壊が発生しています。日本の洪水監視体制は世界最高水準といわれ、数km程度毎に水位計とCCTVカメラが設置されていますが、これらの洪水監視の体制のみでは十分な危機管理が難しいことが示唆されています。本研究では、1) マイクロ波を用いた高い空間分解能かつ高頻度の洪水時の水面の計測の実証、2)高分解能な水面の測定データのデータ駆動による多元的なモニタリングの確立を目指しています。

これまでに、信濃川に設置したマイクロ波レーダー用いて以下の実証を行なってきました。まず、マイクロ波レーダーの河川観測に対する適用性について調べ、洪水時に想定される種々の条件ごとに何らかの影響は生じるものの、水面などの液相と河岸部などの固相の識別については昼夜や天候を問わずに安定して観測でき、常に構造物や河岸を監視可能であることを明らかにしています。マイクロ波レーダーの1台あたりの計測範囲は数kmに達します。そのため、設置場所の自由度が高く、洪水時における流失の危険を回避する設置が可能であることも明らかになりました。このように、マイクロ波レーダーによる河川監視は、既存手法における課題の多くを解決可能であることが分かってきています。マイクロ波により測定したビッグデータによって、洪水時の流れの状態を把握できるデジタルツインの構築など、データ駆動型の危機管理手法への刷新を目指しています。

関連業績:大原由暉,茂木大知,早坂圭司,村松正吾,安田浩保, 地上マイクロ波レーダーのエコーデータ処理による洪水流量の推定, 河川技術論文集 Vol.29, 2023年. 茂木大知,大原由暉,室永武司,西村雄喬,有澤良佑,前野仁,早坂圭司,村松正吾,安田浩保, マイクロ波レーダーによる河川モニタリングの概念実証, 土木学会 河川技術論文集 Vol.27 pp.619– 624, 2021年.

主たる成果3 水底面に自己組織化的に形成される起伏形状の機序の解明

河川には人を魅了する蛇行や水底の河床波等の周期形状が自発的に形成されます。これらの形成機構には20世紀初頭から科学的関心が集まってきました。しかし、未だにそれらの詳しい物理機構は謎のままです。その主因として、流水中の水底面の物理の測定手法の未確立が続いてきたことが挙げられます。本研究室では、流水を駆動源とした水底面の土砂輸送がこのような周期形状の形状要因と推測されることに注目し、流水中かつ従来法より10万倍も高分解能な河川物理の計測法(ST: Stream Tomography:課題1)の開発を行い、不明な物理の解明に挑戦しています。STにより取得された高分解能データは、河川物理の解明における初めてのデータ駆動科学による研究を可能とし、不明な河川物理を解明する画期的な研究成果が相次いで得られています。

本研究室では、遂に河床波の発生の起源のを発見し、2023年10月に論文としてこの成果を公表しました。この他にも、❶河床波の移動速度の定量化とその推定式の構築、❷3つに大別される河床波の存在は水深波長比を用いて推定できること、❸水深の相関係数に基づき自発的に形成される砂州の発生条件のそれぞれを世界で初めて解明を解明しました。これらの研究成果は、河床波についての基礎研究としての成果ですが、洪水が流下しても壊れにくい河道の設計法の考案や、実河川のどの地点でいつどのような物理が発生し得るかを数理的に判断する応用的な利用ができるものです。

関連業績:S.Seki, D.Moteki, H.Yasuda, Novel hypothesis on the occurrence of sandbars
Physics of Fluids 35, 106611, doi.org/10.1063/5.0171731  2023.
D. Moteki, S. Seki, S. Muramatsu, K. Hayasaka, H. Yasuda, On the occurrence of sandbars, Physics of Fluids 35(1) 016608-016608 doi.org/10.1063/5.0128760 2023年.
Ishihara M., Yasuda, H., On the migrating speed of free alternate bars, J. Geophys. Res. Earth. Surf., doi:10.1029/2021JF006485, 2022年.
小関 博司, 安田 浩保, 土木学会論文集 A2 分冊(応用力学)76 巻 2 号, pp.I_489–I_498, doi:10.2208/jscejam.76.2_I_489, 2021年.

主たる成果4 観測ビッグデータのデータ駆動解析

洪水時の河床高はメートル規模で変動します。しかし、洪水時は高速流かつ高濁度となり、この状況において安全かつ確実に河床形状を測定する手法は未確立でする。前述したSTを用い、砂州の発生と発達の過程における水面と底面の測定により、水面と底面とは幾何学的に対応することが分かりました。この結果は、底面を測定対象とする代わりに、高い分解能の水面の測定値に基づき底面の形状を推定できることを強く示唆します。そこで、データ駆動型解析の一つであるDynamic Mode Decompositon: DMDを用い、水面を入力情報とし、底面形状を数理的に推定する手法を開発し、非常に高い精度で推定できることを明らかにしました。

DMDは、時系列データの時間発展に注目してモード分解を行い、固有モードとそれに対応する周波数を得て、あるモードの時間的な増幅率などのシステム安定性を評価できます。DMDは、時系列データのみから固有モードなどを推定できます。現在、DMDから得られる固有値と固有ベクトルと河川の物理の関係を分析し、これからの関係から河道の危険状態の度合いを評価できるかどうかを研究しています。

関連業績:E.Kobayashi, H.Yasuda, K.Hayasaka, Y.Otake, S.Ono, S.Muramatsu, Multi-Resolution Convolutional Dictionary Learning For Riverbed Dynamics Modeling, Proc. of The IEEE International Conference on Acoustics, Speech and Signal Processing (ICASSP) 2023.
Arai Y., Muramatsu S., Yasuda H., Hayasaka K., Otake Y., Proc. of The IEEE International Conference on Acoustics, Speech and Signal Processing (ICASSP) 2021.
Y Kaneko, S Muramatsu, H Yasuda, K Hayasaka, Y Otake, S Ono, M Yukawa, Proc. of 2019 IEEE International Conference on Acoustics, Speech and Signal Processing (ICASSP), pp.1872–1876, 2019

主たる成果5 河道状態の数理的な推定法の開発

1990年代の前半頃から河川が氾濫した場合の市街地における浸水域の想定は実施されるようになり、現在では人口居住地のほぼ全ての場所の浸水域の想定が一般公開されています。これに比べると、洪水時に河川のどこが壊れるか可能性が高いかや、洪水流の流下を阻害する意図しない樹林がどこに繁茂するかなどの河道状態の把握と推定のための技術は未発達です。そこで、河川工学研究室では、1)洪水時にどこが川表側からの浸食を起こす可能性があるか、2)どのような河川地形の変型がある場所がその後に樹林繁茂地となるかの各々についての数理的な推定法の開発に取り組んでいます。これらの河道状態の推定法の特徴は、河川の規模にかかわらず適用できることと、定期的な河道地形の計測が困難である場合が多い中小河川における推定を一般公開されている地形情報を用いてできることです。同推定法が実用化されれば、特に事業費が限られる中小河川の河道の保守点検および対策事業の優先順位の決定が可能となります。

関連業績:石塚 芳, 石原 道秀, 安田 浩保, 土木学会 河川技術論文集 Vol.27 pp.523–528, 2021年. 五十嵐 拓実, 石原 道秀, 安田 浩保, 本村 康高, 竹石 一喜, 河川技術論文集 Vol.25 pp.617–622, 2019年. 安田 浩保, 高橋 玄, 酒井 公生, 竹村 仁志, 土木学会 河川技術に関する論文集, 第18巻, pp.245–250, 2012.

主たる成果6 河道の底面起伏の能動的制御手法の開発

気候変動によって想定を上回る洪水が頻発しています。このような洪水が発生すると、直線的な流路から突如蛇行が発生し、堤防の浸食、橋梁や河川と併走する道路の流失に至ります。このような顕著な流路変動は、国内の人口居住地近傍の約10万キロの流路の半数近くで発生する可能性があります。しかし、現在の河川工学では流路変動の予測と予防はできません。そこで、蛇行の形成機構など普遍的な力学法則に基づくことで、洪水時にも壊れにくい柔靱な河道と河川構造物の設計法の開発に取り組いんでいます。開発した技術は、国土交通省の協力を得て、実河川に適用して、その性能実証も行っています。この流路制御の技術は、水制工法の応用技術と言えるものですが、一般的な水制工との違い、構造物により直接的に護岸するものではなく、組織的な構造物の配置による流れの制御により澪筋の流心への誘導などの効果を発揮することが特徴です。

関連業績:梅木 康太朗, 安田 浩保, 小野 伊佐緒, 保坂 裕, 清水 一浩, 黒石 和宏, 土木学会 河川技術論文集 Vol.27 pp.141–146, 2021年. 安田 浩保, 月刊誌・河川 74 (10) pp.54–59, 2018年. 高橋 玄, 安田 浩保, 土木学会論文集 B1(水工学), Vol.68, No.4, pp.I_961–I_966, doi:10.2208/jscejhe.68.I_961, 2012.

主たる成果7 地形形状の効率的かつ高精度な数理的記述法の開発

河川物理の研究では定量情報が得やすい数理解析が主要な研究手法のひとつになっています。これらの数値解析において適切な解を得るためには起伏形状や平面形状が適切に表現されている必要があります。本研究グループでは、一般的には相反条件と考えられている演算効率と高精度を両立する地形形状の数理的な記述法の開発を実施しています。これまでに、地形適合セル、四分木構造格子、格子構成に由来する誤差を緩和した一般化座標などの境界適合法を開発しています。

関連業績:佐々木 靖幸, 安田 浩保, 土木学会 河川技術論文集 Vol.27 pp.111–116, 2021年. 星野 剛, 安田 浩保, 応用力学論文集, 第 16 巻, pp.I 573-I 582, 2013. 水口大輔, 星野剛, 安田浩保, 山田正, 応用力学論文集, 第 16 巻, pp.I 583-I 592, 2013. 星野 剛, 西家 健宏, 小関 博司, 安田 浩保, 河川技術論文集, 第19巻, pp.331–336, 2013. 安田 浩保, 白土 正美, 後藤 智明, 山田 正, 土木学会論文集 740 1-17 2003年.

主たる成果8 データ同化を導入した洪水予測手法の開発

降雨の流出と河道内の水位の二つの物理的な予測は、現在の技術水準では非常に難しいです。降雨から河川における流れまでの定量化情報が圧倒的に不足した状態が継続していることが大きな理由でする。本研究グループでは、このような状態の打開に向け、いわゆるデータ同化と言われる観測情報と数理解析の融合した洪水予測手法を開発しています。

関連業績:須田 光千野, 安田 浩保, 星野 剛, 土木学会論文集, 74巻, 4号, pp.I 721–I 726, 2018. 星野剛, 斉藤充紀, 安田 浩保, 土木学会論文集 B1(水工学), 73巻, 4号, pp.661–666, 2017.